夕日が教えてくれたこと

思考

 夏至が近づき、日が長くなった6月の日本。午後7時を過ぎても、まだ明るい日が続く。梅雨の切れ間、雨上がりの夕方は絶景の空が顔を見せることがある。夕日が沈むまでのほんの数分間は、時に絵具では表せない芸術鑑賞タイムとなる。

 基本的に平日は、昼食以外を家族5人で囲む。我が家では当たり前の豊かな時間。この時間を共有することを大切にしたい私たちは、協力し合って継続している。ゆっくりした時間、何気ない会話。そんなひと時が、この上ない幸せだ。

 昨夜の夕食中、珍しく早く食べ終わった妻が、外を見て一言。「今日の空きれいになりそう♪」

 空好き?の子どもたちは、妻の言葉に反応し、食事中であることを気にすることなく、一目散に外へ出ていった。普段なら反射的に、「ご飯中やで~食べ終わってから!」と、それらしい言葉を発するであろう私も、一人ぼっちになりしかたなく外へついて行く。

 確かに、きれいな空が見えそうな予感。散歩したら楽しそうだ。「はな、散歩行こうか!」

 子どもたちは、非日常が大好きだ。夜ふかしもお泊りも、時間や場所のちょっとした変化が最高に楽しい。散歩好きの我が家も、夕食途中は珍しい。非日常は、簡単に生み出せるアドベンチャー。ワクワク散歩&きれいな夕日。何気ない会話で、楽しいひと時は言うまでもない。

 私たちは、自分が思っている以上に、「常識」「普通」「マナー」「ルール」「当たり前」など、言葉の意味も十分に理解しないまま、使っている言葉がある。しかし、多くの場合、その言葉は、環境や状況で常に変化し、関わる人間が増えるほど、答えがないことのほうが多い。

 それらの言葉を状況に応じて使いこなせないと、小さな幸せは見つけにくいのかもしれない。

 おそらく「普通」、食事中に立ち歩き、外に出ることは「マナー」違反だ。暗黙の「ルール」のような「常識」は私たちの頭の中だけではなくて、そこら中に転がっている。それでも、あの夕陽を見るためには、時に、それらの言葉を想像力で変換する必要がある。

 人生の楽しみや豊かさは、そこら中に転がっている。小さな子どもほど、そこに何もなくても(大人には見えない世界?)いつも楽しそうだ。これからも、家族や友人と楽しい時間を共有していきたい。そのために、子どもたちから想像力を学び、判断力を磨いていきたい。幸せはいつもここにある。

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