生業

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 初めてした仕事を覚えていますか?私は、はっきりと思い出せません。多分、大学時代のサッカーの審判のアルバイト。高校でアルバイトをした記憶はないし、浪人時代もなし。晴れて大学生となり、アルバイトには憧れながらも、親のすねをかじって、十分な仕送りで生活していた。

 高校まではサッカー一色の生活。ケガも多く勝利主義の部活の取り組み方にも限界を感じ、大学ではサークルのサッカーに入った。(それでも朝練のある週3回)伝統的にサークル内で請け負っていたアルバイトが、サッカー大会の運営アルバイトだった。

 サッカーの審判なら簡単。サッカーしかやってこなかったから当たり前だが、一日大会運営をして、審判して、食事や交通費ももらえて、日当8,000円~10,000円いただけた。あまりに割のいいアルバイトだったこともあり、その他のアルバイトの印象は薄い。焼き肉店と夜のガソリンスタンド、水泳のインストラクター、単発の日雇い。どれもあまり続かなかった。

 浪人と休学を経験して、周りの学生より2歳年上の私。大学4年生になると、普通の就職より自分が一番やってみたいことに挑戦したいと思うようになり、休学中の出会いを頼りに、4年生の秋かBARの経営を始めた。

 厳密には、共同経営。同一店舗で昼と夜に分かれ、自分の店を持ちたい2人がそれぞれの店を経営した。物件探しに契約、お店作りの珍道中は、今後触れることにして、経営が始まってからはかなり順調だった。(もちろんトラブルはつきものだが、終わってみればいい印象ばかり)

 前置きが長くなったが、約2年のBAR経営をあっさり辞めて、大学入学時からの予定通りの道にもどったのが、確か26歳。晴れて正社員となった。あれから13年。

 結婚して、家を買って、家族は5人に増えた。妻は専業主婦ととして家庭を支えてくれた。(実は私より高学歴)13年の間に、仕事で中堅となったが、大変さの中にも充実感に溢れ、安定的な収入にも満足している。今の仕事には、多くの時間と労力、強い思いや使命感をもって取り組んできた。

 今、私の生業と言えるものはこれしかなない。やっぱり、今の生業から学んだことを発信しよう。そんな中で、来年からの生活や、考えていることを自分の整理のために記録しよう。なかなか定まらないブログの投稿。書きたいことを記していこう。そう決めた雨の木曜日。

 

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